うおお…こんばんは…_(:3」∠)_
あんまり日記が書けていなくて、ごめんなさいʕ´•ᴥ•`ʔ
生理痛でとくになにもできない人になっています…いたい…_(:3」∠)_
眠れなくて、こんな時間までまだ起きてたりして、このあとの生活リズムがこわい…!
ちょっと眠くなるまで…
むかしの話でも…
たぶん、いちばん楽しかったのは保育所のころかなと思います。
すごい楽しかった…。
熱を出してしまって、一度だけ遠足に行けなかったことだけがつらい思い出として残っていますが、毎日とにかく楽しかったなあ。
あっ、あと、給食のマーマーレードジャムが食べられなくて、もうみんな食べ終わって遊んでるのを背中で感じながら、目の前の食パンとマーマーレードジャムと見つめあっていたにがい記憶…。
あのあとどうしたんでしょう。
こどもの頃の記憶って、インパクトが強かったところをよく覚えていて、前後ぼんやりみたいなことありませんか?
なんかそんなかんじ…
でもそんなにはげしく怒られたとかでもなかったので、先生のほうが折れてくれたんだろうなあと思います。たぶん。
いまやマーマーレードジャムは大好物なのに…ふしぎ…!
小学校もまだまだ楽しかったです。
三年生、四年生のときの担任の先生には、絶対に嫌われていた自信があります(θ‿θ)
問題児だったから…
あの時期転校で大阪を出たり戻ったりしてたので、ちょっとフワフワしてたかもしれません。
保育所のころから一貫して絵は描き続けていたので、友だちにはもてました(笑)
春休みに、一年のときの担任の先生に呼び出されて、文集の表紙描いてくれない?って頼まれたときは、とても嬉しかったです。
職員室でそのまま掻かせてもらいました。
楽しかった。
問題児でしたが、三年、四年のときもなんやかんや楽しく過ごしていました。
学校には、とても恵まれていたと思います。
いじめとか、ちょっとからかうみたいなのもあって、うーん…それがなんかいやで、やめなよみたいなことをいったら巻き添えみたいになったけど、そのころのわたしは今よりももっと更に空気が読めない子どもだったので、あんまり気にしないというか、はぶられたらはぶられたメンバーで班を作って遠足も班でお弁当食べるで!みたいなところがあったのと、
根に持つ気持ちが長続きしなくて、おーいみんなでドッジやろ!みたいなことになってたのと、
からかうほうの子も気持ちが長続きしなくて、
もちろんいじめられていた子本人には百パーセント清々しい気持ちというのは難しかったかもしれませんが、ものすごく深刻化するところまではいかなかったのかな…かな…たぶん。
先生もいじめやからかいには厳しい人だったので、それもよかったのかもしれません。
ああ…おお…うっかりまじめに書いてしまいました…。
わたしはべつに正義の味方ではないのです…空気が読めないだけなのです…_(:3」∠)_